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福岡地方裁判所 昭和46年(行ウ)1号 判決 1975年10月14日

久留米市御井町六三八番地

原告

坂井肇

右訴訟代理人弁護士

川口彦次郎

久留米市諏訪野町四丁目二四〇一番地

被告

久留米税務署長

門田恒典

右訴訟代理人弁護士

国武格

右被告指定代理人

小沢義彦

大神哲成

伊東次男

脇山一郎

江崎福信

高田民男

入江勝利

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対しなした、昭和四四年六月二〇日付贈与税金七五四万四六〇〇円、無申告加算税金七五万四四〇〇円の賦課決定処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は原告に対し、昭和四四年六月二〇日、原告が訴外坂井初枝から、久留米市築島町三三所在アミトール株式会社の株式(以下アミトール株式という。)三五五株、名古屋市緑区有松町大字樋狭間字神明廻間一番地の五所在東洋醗酵乳株式会社の株式(以下東洋醗酵乳株式といい、前記アミトール株式を含めて総称する場合単に本件株式という。)一六〇株、合計五一五株、の贈与を受けたとして、贈与税を七五四万四六〇〇円とする決定、無申告加算税を七五万四四〇〇とする賦課決定(以下本件課税処分という。)をなした。

2  しかしながら、本件課税処分は次の事情により違法である。

(一) 原告は、前記アミトール株式会社の代表取締役であり、東洋醗酵乳株式会社の取締役であるが、原告の父亡坂井末松はもと右両会社の代表取締役であって、本件株式はもと右坂井末松の所有であった。

(二) 右坂井末松は昭和四一年一一月一八日に死亡したので、同人の相続人である原告ほか、同人の妻坂井初枝、同人の子矢野和子、同初田昭子、同室井博、同坂井光雄、同坂井英子の七名が相続することになり、右相続人らは遺産分割のため協議したが、その協議が調わないうちに相続税の申告期限たる昭和四二年五月一八日が切迫してきた。そこで、とりあえず坂井初枝の分割案によって相続税の申告をなすことにし、本件株式については原告、坂井初枝、矢野和子、初田昭子の四名が分割して相続したことにして、右期限に被告に対し、その旨申告した。

(三) しかしながら、原告は右坂井初枝の分割案には不満のあるところであったので、再三にわたり右初枝に対し分割について協議を申し入れていたところ、昭和四三年一月三〇日、訴外兼行茂の仲介の下で、原告、右初枝、訴外古賀賢治(亡坂井末松の先妻の実弟)、訴外初田紀年(初田昭子の夫)らと協議を行った結果、相続税納付のため被告に申告した分割案を変更し、右初枝において相続した本件株式を原告、矢野和子、初田昭子に交付することで協議が成立し、同年四月一五日に、右趣旨の遺産分割書を正式に作成した。

(四) 以上の経緯により、原告が坂井初枝から受け取った本件株式は、遺産分割の変更分として受領(その一部は矢野和子初田昭子の分を代理して受領)したものであって、坂井初枝から贈与によって受け取ったものではない。

3  従って、原告は被告に対し、本件課税処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の(一)のうち、原告がアミトール株式会社の代表取締役であり、かつ、東洋醗酵乳株式会社の取締役であること同(二)のうち坂井末松が昭和四一年一一月一八日に死亡し、原告が同人の相続財産の分割を受けることになり、昭和四二年五月一八日に相続税の申告をなしたこと、同(三)のうち原告が本件株式を受け取ったこと、はいずれも認め、その余の事実はすべて争う。

三  被告の主張

1  原告は昭和四三年五月に坂井初枝からアミトール株式三五五株、東洋醗酵乳株式一六〇株を受けとったので、被告はこれに対し本件課税処分をなしたのであるが、原告の右本件株式取得を贈与によるものと認定した経緯は次のとおりである。

(一) 昭和四一年一一月一八日、原告の父坂井末松の死亡により、原告は、坂井初枝やその他の相続人合計七名でもって共同相続し、右共同相続人らにおいて、昭和四二年五月一日遺産分割協議が成立し、その結果坂井初枝はアミトール株式三三九株、東洋醗酵乳株式六〇株を、原告はアミトール株式二三八株、東洋醗酵乳株式二〇株をそれぞれ相続取得し、同日、分割協議書が作成された。そして同年五月一八日に被告に対し右分割による相続税の申告書が提出され、相続税も同じころ納付された。

(二) しかしながらその後、原告と坂井初枝との間において、アミトール株式会社および東洋醗酵乳株式会社の主導権をめぐる抗争が絶えなかったところ、結局右会社は原告が差配することで一応の結着を見、その結果、右初枝は相続前から所持していたアミトール株式一六株、東洋醗酵乳株式六〇株の他にいったん遺産分割によって取得した前記アミトール株式三三九株、東洋醗酵乳株式一〇〇株をあわせて前記のとおり昭和四三年五月原告に譲渡した。

(三) 被告は、原告の本件株式取得を覚知したが、原告からは何らの申告書も提出されなかったので、調査したところ、原告が本件株式を受取った旨の受取書が存すること、また、坂井初枝からの事情聴取により、同人が原告に本件株式を贈与したとの回答を得たこと、ならびに、原告が取得した本件株式のうち相続財産に属さず初枝が固有に所有していたものが含まれていること、などから、原告の本件株式取得を初枝からの贈与によるものと認定した。

2  右経緯からみて、被告のなした本件課税処分は適法であって、仮に原告が主張するような遺産分割の変更がなされたとすると、右変更は原告と初枝との間でのみなされたものにすぎず、相続人全員の同意を経ていないので無効であって、いずれにしても原告の主張は失当である。

3  なお、原告は本件課税処分に対する異議申立ならびに審査請求の当時においては本件株式の取得を、単に預ったものにすぎない旨主張していたのであり、この点からしても原告の本訴における主張は信用するに値するものではない。

第三証拠

一  原告

1  甲第一号証、第二号証の一、二

2  証人兼行茂、同古賀賢治、同初田紀年の各証言、原告本人尋問の結果

3  乙第一号証は原本の存在及び成立とも認める。乙第二号証の成立は不知、その余の乙号各証の成立はいずれも認める。

二  被告

1  乙第一号証ないし第六号証

2  甲第一号証につき八枚目の訂正部分の成立は不知、その余の部分の成立は認める、第二号証の一の成立は認め、同号証の二の成立は不知。

理由

一  請求原因1の事実(本件課税処分がなされたこと)は当事者間に争いがない。

二  本件課税処分のなされた経緯

1  原本の存在及び成立とも争いのない乙第一号証、成立に争いのない乙第三号証ないし第六号証、一部(八枚目訂正部分)につき原告本人尋問の結果成立を認め、残部につき成立に争いのない甲第一号証、弁論の全趣旨により成立を認める乙第二号証、証人古賀賢治、同初田紀年、同兼行茂の各証言、原告本人尋問の結果(但し後記措信しない部分を除く。)および弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められる。

(一)  昭和四一年一一月一八日、原告の父坂井末松(以下単に亡末松という。)が死亡し、これにより亡末松と先々妻の間の子である原告、同矢野和子、同初田昭子、先妻との間の子である室井博、後妻である坂井初枝、同人との間の子である坂井光雄、同坂井英子(いずれも当時未成年)の計七名が、その遺産を共同相続した(以上のうち亡末松が昭和四一年一一月一八日死亡し原告が相続人の一人として相続したことは当事者間に争いがない。)

(二)  そこで、その後まもなく原告は坂井初枝に対して、遺産の分割について協議を開くよう求めていたが、亡末松は生前アミトール株式会社、東洋醗酵乳株式会社の代表取締役をしており、不動産、有価証券等多額の財産を有し、しかも前記のとおりその家族関係が複雑で、後妻の坂井初枝が財産を一括して管理していたことに加えて、原告と右初枝との間で右両会社の主導権をめぐる対立があったことなどから、遺産分割の協議は全く開かれなかった。

(三)(1)しかしながら、この間亡末松の先々妻の実弟で東洋醗酵乳株式会社の現代表取締役の古賀賢治やアミトール株式会社の専務で税理士でもある諸永某の助言等があり、また相続税の申告期限の昭和四二年五月一八日が近づいていたことなどから、同年五月一日、久留米築島町にある亡末松の自宅で、相続人室井博を除くその余の相続人全員(但し当時未成年者であった坂井光雄、坂井英子については同じころ家庭裁判所に対する請求により特別代理人として初枝の兄弟の仙田保彦、古賀次子を選任)、前記古賀賢治、諸永某、初田紀年(初田昭子の夫で当時アミトール株式会社の社員)が出席して、はじめての遺産分割協議が開かれた。

(2)  それに先だち、アミトール株式会社の代表取締役には、女性の坂井初枝では無理だから、亡末松の長男である原告が就任することで、右両者間でも了解がつき、原告が就任していたのであるが、右協議は初田紀年が作成した分割案(便箋にメモ書したもの)によって話合が進められ、原告は右案に多くの不満があり、また初枝との間に意見の対立があったものの、ともかくも相続税の申告をしなければならないことから、不満のある部分については後日初枝との間で解決することにし、遺産の分割としては右初田紀年の案を了承し、これに合意した。

(3)  その結果、亡末松の有していた不動産、有価証券等の財産中本件アミトール株式六七七株、東洋醗酵乳株式一二〇株について、初枝と原告側(すなわち原告ほか先々妻の子である矢野和子、初田昭子の三名)でほぼ等分し、初枝がアミトール株式三三九株、東洋醗酵乳株式六〇株、原告側がアミトール株式三三八株、東洋醗酵乳株式六〇株を取得し、原告側はさらに原告がアミトール株式二三八株、東洋醗酵乳株式二〇株、矢野和子、初田昭子がそれぞれアミトール株式五〇株東洋醗酵乳株式二〇株に分割して各取得した。そして同日、前記初田紀年は古賀ユキ司法書士事務所において同司法書士からタイプによる右内容の遺産分割協議書(乙第三号証、および訂正前の甲第一号証の書面)を作成して、相続人全員(後に同意した室井博を含む。)の押捺を得た上同年五月一八日、これを添付して相続税の申告書(乙第六号証)を被告宛前記各相続人に代って提出した。

(四)  しかしながら、原告は、亡末松の跡を継いでアミトール株式会社の代表取締役として就任する以上亡末松の有していたアミトール株式は全部自己において相続するのが当然であると思っていたので、右遺産分割後も、初枝に対し、アミトール株式等を原告に譲るよう強く求め、初枝との間で言い争い等の抗争が絶えなかった。そのころ、亡末松の知人である兼行茂が右抗争を見かねたせいか両者の間にはいって仲介に努めたため、昭和四三年一、二月ころ、初枝は原告がアミトール株式会社を差配することを了承して、自己の有していたアミトール株式三五五株、東洋醗酵乳株式六〇株(これらの中には初枝が前記遺産分割によって取得していたものの他、初枝が固有に有していたアミトール株式一六株、東洋醗酵乳株式一〇〇株を含む。)を原告に対し無償で譲り渡した。

その後、原告は右初枝からの本件株式譲り受けについて被告に対し格別の申告をなさなかったので、被告は同署の事務官池尻善男をして調査にあたらせ、初枝から、原告に対し本件株式を贈与したとの回答を得、また原告が作成した本件株式の受取証の存在を確認したので、昭和四四年六月二〇日本件課税処分をなした(本件課税処分がなされたことは前記のとおり当事者間に争いがない)。

以上の事実が認められる。

2  原告は本件株式を遺産分割の変更により取得したもので贈与を受けたものではない旨主張し、原告本人尋問の結果によると右主張に沿う供述部分がある。しかしながら、原告が遺産分割変更の協議が成立したと主張する昭和四三年一月三〇日当時、その話合に参加したものは先に認定したとおり原告坂井初枝のほか兼行茂および初田紀年の四名程度であり、相続人の大半は参加しておらず、到底遺産分割変更協議とはみなしがたく、この他に特に相続人全員の同意を得た上での話合がもたれた形跡を認めるに足りる証拠はないこと、前掲甲第一号証を検討するに、同号証の訂正部分は原告の印が押されているだけであるところ、原告本人尋問の結果によると右訂正は原告と初枝の間において、合意したにすぎないことが認められること、また、前認定のとおり、亡末松の有していたアミトール株式および東洋醗酵乳株式は前者が六七七株、後者が一二〇株であって、昭和四二年五月一日の最初の協議が成立した際初枝が取得した株式は前者が三三九株で後者が六〇株にすぎないところ、原告が右分割の変更として初枝から受け取ったと主張する株式は前者が三五五株、後者が一六〇株であって、原告が初枝から受け取った株式中には亡末松の遺産に含まれていた株式以外の初枝固有のアミトール株式一六株、東洋醗酵乳株式一〇〇株が含まれていたこと、および前掲乙第四号証(異議申立書)、乙第五号証(審査請求書)によると原告は本件課税処分に対する異議申立およびこれに続く審査請求において不服の理由として、本件株式の取得につき坂井初枝から一時的に預ったものにすぎない旨主張していたことが認められるところ、本訴においてはじめて遺産分割の変更がなされた旨を主張し、供述するのであるが、前後に首尾一貫しておらず、その説明に何ら合理的理由を見出しがたいことなどを彼此考慮すれば、前記原告の供述は到底信用することができず、他に原告主張事実を認めるに足りる十分な証拠はない。

3  以上によると被告のなした本件課税処分は適法であって原告の主張は理由がない。

三  よって原告の被告に対する本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 権藤義臣 裁判官 簑田孝行 裁判官 郷俊介)

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